体感したことを整理・分析・法則化するブログ

関西在住の高田純次系リーマンが、しがない日常を整理・分析・法則化するブログです。

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目的的に考えよ

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「目的的に考えろ」 


学生時代に所属していたNPOや、 
お世話になった議員さんに、 
口を酸っぱくして言われた言葉だ。 

一般世間ではあんまり使わない言葉だと思う。 
実際、上記関係者以外でこの言葉を使っているのを見たことがない。 

長くなったが、「目的的に」とは、 
平たく言うと、「目的にそって」とか「目的のために」とかいう意味だ。 


私事で恐縮だが、 
僕は「なんのためにそれをするのか?」が理解できていないと、 
物事を進めれない方だ。 
自分でもとても厄介な性格だと思う。 


今でこそ「思考停止」ということを、 
意図してできるようになって幾分かマシになったが、 
昔は「目的」らしきものが見つかるまで、 
思考が止まらなかった。 
思考の無限ループ。。。。 


一方で、自分から湧き出る「直感」に関しては、 
そのおもむくまま行動してしまい、失敗することも多々ある。 


つまり、受動の場合には目的的だけど、主体的には直観的。。。。 
本当にとても厄介な性格だ。 


ちなみに、急にこんな事を考えたのは、 
昨日、ブーイングに満ちたスタジアムのなか、 
「僕とは違う意見の方がたくさんいるなぁ」と半ば面白がっていたからだ。 
そして、僕が面白がれたのは、 
「自分は周囲と違う意見を持っているぞ」と選手に表現できる機会があったからだ。 
そして、その意見と表現方法が「選手やチームにとって」少なくてもマイナスにはならないと思ったからだ。 
さらにいうと、僕が単なる1ファンという、大して影響力のない無責任な立場だからだ。 


人が自分と異なる意見を持つ人間と対峙したとき、 
大きく分けて3つの行動パターンに分かれると思う。 


1つめは、相手の意見を自分の意見に屈服させようとする場合。 
2つめは、自分の意見を相手の意見に迎合させようとする場合。 
3つめは、自分の意見も他人の意見も尊重する場合。 


昔の僕は1の行動が多かったけど、 
最近は大人になったのか3のスタンスをとることが多い。 


ただ、3つめは「多様性」とか「個人の意見の尊重」とかいうとてもキレイな言葉で表現される事が多いけど、 
「ある目的のための集団」である場合、「集団の目的」が共有できていなければ、 
「あなたはあなた。私は私」っていっても「あなたと私」の「意見」が離れすぎていてとても残念な気がする。 

そもそも「目的」が違うのか、 
「目的」は一緒だけど、「意見」や「アプローチ」が違うだけなのか。 

ハイコンテクストな文化では、あんまり表に出ないから苦労することが多いけど、 
ちゃんと考えていきたいなぁと思った月曜の夜だ。

※グループワークや会議は苦手な方です。