体感したことを整理・分析・法則化するブログ

関西在住の高田純次系リーマンが、しがない日常を整理・分析・法則化するブログです。

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【雑記】祖父に関する自分ごと

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今は亡き祖父の家に住みはじめて、もうすぐ2年になる。

祖母が老人ホームに入居してから空き家になっていたのを、唯一大阪に在住している孫である私たち家族が、空き巣対策を兼ねて住むことになった。

 

私は自他共に認めるおじいちゃんっ子だった。

祖父は大阪市の敬老パスを使って、幼い私をあちこちに連れ回してくれた。そしていろんなことを教えてくれた。多分、新幹線にはじめて乗ったのも祖父と一緒だった。私の「社会科目」好きは、間違いなく祖父の影響であると思う。

小学校に入学してから、祖父の家を訪れる機会が減ったように思う。そして小学5年生の冬、祖父が亡くなった。亡くなる1年ほど前に、ふと出来心で昔みたいなやりとりをしたくなった。思えば、甘えたい気持ちの照れ隠しだったのかもしれない。何を質問したかは覚えていない。ただ、祖父の「おじいちゃんはもうわからん。もうお前の方が詳しいわ」との言葉に、ものすごくショックを感じたのを覚えている。

 

私たちがこの家で暮らすようになってから、寝る前には子供たち一緒に、祖父が祀られている仏壇に「おっきいじいじおやすみ」とお参りをするようにしていた。祖母が亡くなってからは、「おっきいじいじ、おっきいばあばおやすみ」とお参りにするようにしていた。

祖母の四十九日法要が終わり、仏壇が我が家からなくなった。私は直系の孫ではないので当然のことではある。

 

祖母が亡くなったということにまだ実感がない。悲しいはずなのに涙が出てこない。寝る前の「おっきいじいじおやすみ」という祖父への祈りがないことにもまだ慣れることができない。

 

そういえば、祖父が亡くなってから、自分の中でずっと後悔していたことがある。ものすごく可愛がってもらっていたにも関わらず、私は祖父の葬儀で泣かなかった。祖母に「あんた、おじいちゃんにあんなけ可愛がってもらってたのに、よくそんなにヘラヘラできるな」と叱責されるくらい泣かなかったように記憶している。

 

 

祖母の四十九日法要の日、私は家族と一緒に妻の実家に帰省していた。家に帰ると、親族のどなたかが見つけたのだろう。祖父の葬儀の日の写真が机の上に置いてあった。

 

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写真の中の私は、ちゃんと泣いていた。

 

人間の記憶って結局はそういうもんなんだろうな、と思った。

出来事にどんな色をつけるかは自分次第。それを身をもって知った秋の夜長である。

 

 色即是空。

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